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広島地方裁判所 昭和41年(行ウ)20号 判決

原告 塚本正純

被告 安浦町長

田中信男

右指定代理人(総務課長) 平岡一真

主文

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立て)

原告の申立て

一、被告が昭和三八年度以降安浦町住民に対する町税及び延滞金の賦課徴収処分の法源としている安浦町税条例は無効であることを確認する。

二、被告が右条例に基づいてした町税賦課処分は無効であることを確認する。

三、被告が右条例に基づいてした町税賦課処分は、これを取り消す。

四、被告が右条例に基づいてした延滞金の徴収処分は無効であることを確認する。

五、被告が右条例に基づいてした延滞金の徴収処分は、これを取り消す。

六、安浦町税条例の一部を改正する条例(安浦町昭和四一年条例第一九号)の附則における遡及適用条項は無効であることを確認する。

七、前項の一部改正条例の遡及適用条項は、これを取り消す。

八、訴訟費用は被告の負担とする。

被告の申立て

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

原告が請求の原因及び被告の主張に対する反論として述べた主張は、おおむね次のとおりである。

(請求の原因)

一、昭和三八年四月一日公布された法律第八〇号によって地方税法の一部が改正されたため、これに伴って安浦町税条例も当然改正されねばならないところ、被告(当時の安浦町長は中岡積である)は、自治省から各都道府県知事宛の通達及び広島県知事から各市町村長宛の通達がされたにもかかわらず、同条例の改正議案を町議会に提案することを怠り、町議会の改正議決はもとより、改正条例の公布手続も経ないのに、広島県から配布されたモデル町税条例の印刷物をあたかも正規に議決公布された安浦町税条例と思い誤り、これをもとにして安浦町住民から昭和三八年度分の各種町税及び延滞金を賦課徴収した。

二、しかし、町議会の議決を経ない右安浦町税条例は当然に無効であり、これに基づいてした町税及び延滞金の賦課徴収処分が当然無効であることも言うを俟たないところである。

三、そこで、安浦町の住民である原告は、地方自治法第二四二条の規定に基づいて、昭和四一年六月二七日付をもって安浦町監査委員に対し町長の違法行為禁止措置の監査請求をしたところ、同監査委員は同年八月二二日被告に対し、安浦町税条例には不備の点があるとして同月三一日までにその不備是正のため必要な措置を講ずべき旨勧告し、原告に対しても八月二二日、重大なかしはないが町長に対し不備を是正するよう勧告をした旨の通知がされた。

四、ところが、被告は右勧告に示された昭和四一年八月三一日までに必要な措置を講じなかったので、原告は地方自治法第二四二条の二により請求の趣旨第一ないし第五項のとおりの判決を求めていたが、被告は本訴提起後の昭和四一年一〇月二六日、議案第三八号として「安浦町税条例の一部改正について」と題する一部改正条例案を町議会に提出し、町議会は同月二七日右議案を原案どおり可決成立させた(昭和四一年条例第一九号)。

五、しかし、右一部改正条例によれば、木材引取税、たばこ消費税、電気ガス税、滞納延滞金に関する規定を設け、木材引取税に関する規定は昭和三三年七月一日から、その他の税に関する規定は昭和三八年四月一日から、それぞれ遡及適用することにしているが、これは法律不遡及の原則に違反しているので、かかる規定をおく右一部改正条例は無効であり、少なくとも同条例には取り消されるべき違法がある。

また、右のとおり遡及適用を定めた右一部改正条例が無効である以上、かような一部改正条例が制定されてもこれによって被告が以前町議会の議決を経ていない無効な条例によって町税及び延滞金を賦課徴収した処分が遡って有効となるものではない。

よって、原告は被告が提案してとった右措置(遡及適用を定めた町税条例の改正)に不服であるので、被告が安浦町議会の議決を経ない無効な条例によって安浦町住民から昭和三八年度分の町税及び延滞金を賦課徴収したことは地方自治法第二四二条第一項所定の「違法」な「公金の賦課徴収」にあたるから、同法第二四二条の二第一項第二号によって右町税及び延滞金の各賦課徴収処分、並びに右賦課徴収処分の法源とされた安浦町税条例及び後に遡及適用を定めてその是正をはかった安浦町税条例の一部を改正する条例(安浦町昭和四一年条例第一九号)の無効もしくは取消の裁判を求める。

(被告の主張に対する反論)

一、地方税の課税権の主体は、地方自治体にあるから、条例の定めがない以上地方税法だけに基づいて地方税の賦課徴収をすることは許されないと解すべきである。

二、被告は、町税条例の無効確認を求める本訴請求は地方自治法第二四二条の二第一項各号のいずれも該当しないと主張しているが、原告は具体的な訴訟事件をはなれて抽象的に安浦町税条例の解釈を求めたり無効確認を求める訴を提起しているのではなく、現に被告が町議会の議決を脱漏し、公布手続の経ていない無効の条例に基づいて各種町税(木材引取税、たばこ消費税、電気ガス消費税)及び延滞金を賦課徴収しているので出訴したものである。

(被告の答弁及び主張)

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁及び主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。ただし、被告が町税等の賦課徴収をしたのは地方税法改正前の安浦町税条例及び改正後の地方税法に基づくものである。

二、同第二項は争う。

三、同第三、四項の事実は認める。

四、同第五項の事実のうち安浦町税条例の一部を改正する条例(昭和四一年条例第一九号)に原告主張のとおりの遡及適用を定めた規定をおいたことは認めるが、その余は争う。

五、(被告の主張)

(一)  昭和三八年の地方税法の一部を改正する法律(昭和三八年法律第八〇号)の公布に伴い、安浦町税条例(昭和三〇年安浦町条例第七号)の一部を改正すべきところ、町事務吏員等の過誤により改正手続をしなかったが、被告は右地方税法改正後もなお改正前の町税条例に基づき、改正後の地方税法第四六五条(たばこ消費税)、第四九〇条(電気ガス税)の各税率に従って同税を賦課徴収したものである。

ところで、被告は監査委員から安浦町税条例の不備について必要な措置を講ずるよう勧告を受けたので、勧告で示された期限の昭和四一年八月三一日までに条例改正を行うよう条例立案の作業を急いだが、条例遡及適用の適法性について問題が発見されたためその期限までに条例改正を実現することができなかった。その後同年一〇月二六日被告は監査委員の勧告に従って条例の改正議案を当日の臨時議会に提出し、その承認の議決を得た。この改正条例は、本件で問題となっている昭和三八年分の税目の税率にかかる部分につき昭和三八年から遡及適用する旨の規定を設けるなどして、要するに監査請求及び勧告に従ったものである。

(二)  原告は安浦町税条例の無効確認を求めているが、条例の無効確認の請求は地方自治法第二四二条の二第一項各号のいずれの請求にも該当しないから不適法である。

(三)  地方税法が一部改正されて相当期間経過後にそれに対応して条例の一部改正をし、これを遡及適用して課税処分をすることが違法であるとしても、当時なお旧条例によって同税を賦課しえたものであり、旧条例によるのと改正後の条例によるものとでは税率、賦課金額の相違をきたすのみであるから、改正後の法律に基づいてした賦課処分も当然には無効とはならないものである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

本訴請求の要旨は、広島県豊田郡安浦町長たる被告が町議会の議決を経ない条例に基づいて昭和三八年度分の町税及び延滞金の賦課徴収をしたことが地方自治法第二四二条第一項所定の「違法」な「公金の賦課徴収」にあたるから、同法第二四二条の二第一項第二号によって右町税及び延滞金の賦課徴収処分、並びに右賦課徴収処分の法源とされた安浦町税条例及び後に遡及適用を定めてその是正をはかった安浦町税条例の一部を改正する条例(安浦町昭和四一年条例第一九号)の無効確認もしくは取消しの裁判を求める、というにあると解せられる。

そこでまず、被告が町議会の議決を経ない条例に基づいて町税及び延滞金を賦課徴収したことが地方自治法第二四二条の二第一項で定める住民訴訟の対象となる行為又は事実にあたるか否かについて検討する。

地方自治法第二四二条の二第一項、第二四二条第一項によれば、住民訴訟の対象となる行為又は事実は、地方公共団体の執行機関又は職員の違法な「公金の支出」、「財産の取得、管理、処分」、「契約の締結、履行」、「債務その他の義務の負担」(以上を違法な行為という)、あるいは違法に「公金の賦課、徴収」もしくは「財産の管理」を怠る事実(以上を怠る事実という)に限られている。これらはいずれも地方公共団体に積極消極の損害を与える行為又は事実であるがゆえに住民訴訟の対象とされているものと解される。なぜならば、地方公共団体の執行機関又は職員の違法な行為あるいは違法に怠る事実によって個々の住民が直接に損害等不利益を受けた場合には、当該住民が直接自己に利害のある問題であるから個々に抗告訴訟その他通常の争訟手続をとることによってその損害の補填その他是正の方法があり、またそれをもって足るが、これに反し地方公共団体の執行機関又は職員の違法な行為あるいは違法に怠る事実によって当該地方公共団体が直接に積極消極の損害を受けるだけで一般の住民が直接に損害を受けることがない場合には、住民が直接自己に利害のある問題ではないから通常の争訟手続によることができないので、このような場合に、住民の手によって執行機関又は職員の違法な行為あるいは違法に怠る事実を防止、匡正することによって地方自治体運営の腐敗を抑制しようとして法律が特に認めた制度が住民訴訟であるからである。

したがって、地方公共団体の執行機関又は職員の違法な行為あるいは違法に怠る事実によって地方公共団体が積極消極の損害を受けた場合もしくは受けるおそれがある場合でなければ住民訴訟は提起しえないものと解される。

よって、これを本件の場合についてみると、原告は被告(町長)が町議会の議決を経ない町税条例に基づいて住民から町税及び延滞金を賦課徴収した行為が違法であるとして請求の趣旨記載のとおりの裁判を求めているものであるが、たとえ被告が昭和三八年度分の町税及び延滞金を賦課徴収したことが原告主張のとおり違法であるとしても、被告が違法に町税等の賦課徴収を怠っている場合(いわゆる違法に怠る事実がある場合)とは異なり、違法な町税等の賦課徴収をしたことによって安浦町が積極消極の損害を受けるものではない。したがって、原告の本訴請求は住民訴訟の対象となる行為又は事実にあたらないから、その余について判断を加えるまでもなく、不適法として却下を免れない。よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊佐義里 裁判官 角田進 裁判官立川共生は転任したので署名捺印できない。裁判長裁判官 熊佐義里)

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